Miraiam編集長のりらです。
新連載「人生、。」第二回目の記事は、めぶきが「U-18Sumitt」で出会ったまなみさんとの対話です。
めぶきは「まなみさんの本気で人生や心と向き合う姿勢から、「真剣に悩むのってかっこいい」と思えるようになりました。彼女の繊細だけど力強い生き方をぜひ多くの人に知ってもらいたいです。」と彼女の魅力について語ります。
迷いながらも、その迷いの変遷を確かに捉えた力強くしなやかな言葉の数々をぜひ、最後までご覧ください。
語り手


■人生の根底にある価値観は「愛」
りら:本日はよろしくお願いします。早速ですが、まなみさんご自身について教えてください。今、まなみさんはどこにいて、どんな人生を送っているのでしょう?
まなみ:さんざん悩んだ末に、私がどうしても忘れられない価値観や、大切にしたいことを少しずつ見つけていっている状態です。シンプルだけれど、自分の軸になるものを確立している最中、という感じですね。でも、その過程でも常に「本当にこれでいいんだろうか?」と疑いながら進んでいます。
りら:その根底にある「大事にしたい価値観」とは、どういうものですか?
まなみ:根底にあるのは、やっぱり**「LOVE(愛)」**ですね。愛のない人生は、やっぱりつまらないのかなって。もちろん、ワクワクや美しさも大事ですけど、まずは人や自然、大地といったものと愛情の交換がないと、私は精神的に辛くなってしまうタイプなんだなと気づきました。
昔から、「私はこんなに好きなのに、相手はどうして同じように返してくれないんだろう」とか、「一方的に好きなのかな」と感じてしまうことが多くて。「自分は愛されていないんじゃないか」と決めつけてしまう癖がありました。だから、相手からの愛に自分が気づくことを大事にしたいし、もっと自分から与えられる存在になりたいとも思っています。
りら:「愛」という大きなテーマを自分の価値観として認識するまでには、色々なストーリーや葛藤があったかと思います。その価値観に気づいたきっかけがあれば教えていただけますか?
まなみ:直接的なきっかけは、『エッセンシャル思考』という本を読んだ時に「あなたにとって一番大事なことは何ですか?」と問われたことです。その問いを自分に投げかけたことがなかったので、しばらく「何だろう?」と考えていたら、最初に「愛だ」と浮かびました。そして、その周りにワクワクや美しさという軸があるんだな、と。
ただ、その気づきに至るまでには、あらゆることを疑っていた時期がありました。
■すべてを疑った時期:学校教育への違和感と葛藤
まなみ:もともとの始まりは、大学受験の勉強を頑張っていた時に、仲の良い友達から「なんでそんなに本気になってやってるの?」と問いかけられたことでした。それまで勉強を頑張るのは当たり前だと思っていたので、その一言で初めて疑問を持ったんです。「そもそも、なんで私はこんなに頑張って勉強しているんだろう?」と思い始めたら、悩みが止まらなくなって。
「なんで良い大学に行くことが善とされているんだろう?」
「私はなんでこういう人を**タイプ**だと思っているんだろう?」
身の回りのあらゆることに「なんでだろう??」と疑問が湧いてくる状態になりました。何が善で何が悪なのか、自分は何をもって物事を「素晴らしい」と言っていたのか。基準となるものが分からなくなって、自分の感情さえ疑うようになり、軸を失ってしまった時期が長く続きました。
りら:その、すべてが分からなくなってしまった時期は、どのように過ごしていたのでしょうか。メディアでは省略されがちな、その「しんどかった時期」のストーリーにこそ、今同じように葛藤を抱えている人へのヒントがあると思っています。
まなみ:そうですね…その頃は本当に、アンチ学校、アンチ日本の教育みたいな気持ちで学校に通っていました。通っていた高校はいわゆる進学校で、先生から「君たちはこれから日本を背負うグローバルリーダーになるんだ」とよく言われていました。でも、その言葉にものすごい違和感があったんです。
偏差値の高い学校に行っているだけでリーダーになれる保証なんてないし、そもそも「グローバルリーダー」の定義も曖昧なのに、先生たちはなぜそれを私たちに求めるのか。その理由を教えられないまま、当たり前のように言われることに納得できませんでした。
そして、それを鵜呑みにしているように見える同級生に対しても、「なんでだろう?」と思っていましたね。
そんな違和感の果てに、高校を退学しようかと考え始めました。
■暗がりで見つけた繋がりと優しさ
りら:学校に強い違和感を抱き、退学まで考えていたんですね。
まなみ:はい。色々な人に「退学しようと思ってるんですけど」と相談して回りました。そうやって発信しているうちに、「同じように学校に違和感を感じていた子がいるよ」と紹介してもらえたり、繋がりが生まれていきました。それがきっかけでバリ島に住んでいる友達と出会い、現地に行って「生きているだけで何でもいいんだな」と感じられたりもしました。
その苦しい時期に気づいたのは、誰も私の「退学したい」という気持ちを否定しなかったことです。「あと1年なんだから頑張ってみれば?」とは言われても、頭ごなしに「なんで?」と責める人はいませんでした。むしろ「頑張ってね」と応援してくれたり、同じ悩みを抱えていた人を紹介してくれたり…。
苦しいからこそ、人の優しさに気づくことができた。それが、私の根底にある価値観が「愛」だと気づくことに繋がったのかもしれません。「愛」を他の言葉で言い換えるなら、**「繋がり」**なのかなと今は思います。この悩んだ時期を通して、繋がりがないと私の人生は空っぽになってしまうんだなと痛感しました。
りら:苦しみの中にいるからこそ、人と深く繋がることができるということは絶対にあると思います。弱みや根っこで繋がると、その関係はとても強くなる。まさしくその瞬間のお話を聞けた気がします。
■「人に頼る力」を教えてくれた母の存在
りら:今の社会では「自立」という言葉が「一人で生きていくこと」と捉えられがちで、分断が進んでいるように感じます。そんな中で、まなみさんが暗がりの中から人と繋がれた、その最初の一歩はどこにあったのでしょうか?
まなみ:それは間違いなく母親です。母は昔から「繋がり」をものすごく大事にしている人で、それについて本が書けるくらいなんです(笑)。
母自身もアメリカの大学院に留学した時にものすごく孤独で、その中で「人に助けてもらう力」の大切さに気づいたそうです。だから、昔から私に「絶対に助けてくれる人がいるから、何でもいいから人に頼りなさい」とずっと言い続けてくれました。私が辛そうにしているのに「何でもないよ」なんて言おうものなら、「本当に頼りなさい」と。
そう言われ続けると「頼っていいんだ」と思えるようになって、自然と周りに相談するようになりました。高校1年生の冬に退学しようか悩んだ時も、母に相談したのが最初の一歩でしたね。
りら:「人に頼る力」こそが、本当の意味での自立に必要なことだと僕も思います。それがごく自然に家庭の中で実践されているのは、すごく素敵ですね。
まなみ:そうですね。ただ逆に、私は深い話をしすぎて、浅い話、いわゆる雑談に感情移入できなくなってしまうことがあって。それは短所かなとも思います。
りら:分かります(笑)。でも、深い話をするのが苦手で、なかなか人に頼れない人もたくさんいますよね。この連載や僕たちのコミュニティが、そういう人が自分の内面を少しずつ引き出す練習の場になったらいいなと思っていますし、「何者」でもないけれど、言葉にならないモヤモヤを抱えている。そういう人が、自分と同じような誰かのリアルな一歩を知ることで、「自分にもできるかもしれない」と思えるような、同じように悩んでいる当事者の「過程」の声をこの連載を通じて届けていきたいなと思っています。
次につながる、貴重なお話をありがとうございました。
編集後記
今回の記事は「インタビュー」というよりも、「対話の記録」だと思っています。それとなくまとまっているようで、まとまっていない。それでも、彼女の深く暖かい言葉を確かに受け取ることができる。我ながら、良記事だと胸を張って皆さんに紹介できます(笑)
皆さんにも、楽しんでいただけていたら幸いです。
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