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学校と社会をどう繋ぐか?-小学校の中から"外に出る体験"を-

eyecatch

miraiam 編集長のりらです。

今回も、教育を志す学生の声をRecordする【Miraiam reco】やっていきます。

 

第二回となる本記事では、小学校教育と社会教育の繋げ方について考えるくるみさんと対話。

「子どもたちの心を豊かにする『興味』や 『好き』を醸成する”外に出る体験”を学校教育から開いていくにはどうすれば良いのか?」という問いのもとに、対話が進んでいきます。

 

高校生の課外活動/探究を社会と接続するにはどうすれば良いのか?という問いにもよく通ずるものがあると思いますので、課外活動/探究界隈の皆さま、界隈で頑張る学生の皆さんに是非一読いただきたい内容です。どうぞ最後までご覧ください。

 

学校の内側から、教育を社会に開く

 

Lyra(りら)

くるみさんが今興味を持っている教育は、一言で表すとなんでしょう?

 

くるみ

子ども達の興味を引き出す教育ってどういうものなんだろう?というテーマに最近は関心を持っていて、キーワードは「学校教育と社会教育をどう繋げていくか」。

 

くるみ

子どもたちは、何か興味を持って外(社会)に出るっていう体験をしたことがないとできない。体験格差が、大きくなりつつあるように感じています。

どんどん外に出れる子はいろんな場所に行けるし体験できるけど、出ていけない子たちが「興味や好きなこと」を見つけるためにはどうしたらいいのだろう?と模索しているところです。

 

Lyra(りら)

「子どもたちの興味を引き出す教育」という興味領域には、どのような経緯で辿り着いたのでしょう?

 

くるみ

まず、私の母校(小学校)が当時「学校に留まっている閉じた学校」でした。そういう場所だと、子どもたちもあまり外に出て行かない。行く場所は真面目な習い事か、高学年になると塾に行く子が大勢。

 

くるみ

一方の私はいろいろな習い事をしていたので、学校外に出ることのハードルが低い子どもでした。高校生になってからも、課外活動という形で学校外に出始めて。課外活動に友達を誘ってみたけど、友達から聞こえた言葉は「知らない人ばかりがいるところに行くハードルが高い」とか「やりたいことがない」とか「興味がない」とか。十何年と同じ教育環境で過ごしてきた友達の言葉でもあったので、衝撃でした。

 

くるみ

そういう子たちは”なんとなく”大学に行くんですよ。

大学に行きたくても行けない子がいる一方で、私の周りの子は「行きたいとは強く思わないけど、とりあえず行けって言うし、周りも行くし行く」と。私はそれにも疑問を感じています。

そういう、自分の興味を見つける暇もなく勉強せざるを得ない学校に対して、何かアプローチがしたい。

 

くるみ

興味を見つけるための課外活動や社会教育の場は整いつつあるけれど、その中でも社会教育が学校教育の側に入っていくのは難しくて、所謂”授業”としてやるのが限度。

学校側の先生が積極的だと中に入っていけるけど、それもまだ厳しいところが多くて。

その中、私が教員になれれば (社会と学校の架け橋として)教育を学校の内側から社会に開けるんじゃないかなと。

 

Lyra(りら)

ちなみに、くるみさんが小学生の時に体験した「外に出る体験」ってどんなものでした?

 

くるみ

習い事だと、フラメンコっていうスペインのダンスとか、ボーリングとか。

 

Lyra(りら)

(フラメンコ、すげえ...!)

 

くるみ

親が勧めてくれたものにとりあえず行ってみるスタンスで色々やってました。学校以外の人や大人がたくさんいたことが、自分にとって刺激になっていたのかな。

 

Lyra(りら)

そうやって、子どもたちが興味を見つけて学校じゃない場所に出ていくために大人側が仕掛けられることってなんだと思いますか?くるみさんなりの考えを聞きたい。

 

くるみ

今井悠介さんの著書『体験格差』を読んで、「外に出る体験をしたことがない人たちは、外に出ることを”楽しい”と思える価値を知らない」というのを知って。

 

くるみ

子どもたちが何かを「好きだな」と思えること、「興味あるな」を行動に移して外に出ていけることが、”頭がいい”に留まらないない価値を作れること。それが”理屈”として社会に広まっていけばいいなと思います。

 

Lyra(りら)

今の子どもたちや親御さんにとっての、外に出る体験の価値とは一体なんなんでしょうね。

 

くるみ

わかりやすく価値になっているのは受験や総合型選抜なのかな。

 

Lyra(りら)

あ〜〜〜たしかに!(超納得)

 

くるみ

体験が生む価値をデータ化できていない現状では、本当にいいインセンティブなんだろうけど、迎合できない...。

 

Lyra(りら)

でも確かに、高校生の間でも受験のための課外活動が標準化しているような。「自分の興味を見つけたい」と言っている子も、受験に圧迫されてその言葉を滑らせている背景がありそう。

それだけ受験は高く大きい壁であり、”受験に使える”は高校生やその親御さんにとって偉大な価値なんでしょうね。

 

”社会と繋がるために外に出る"力以外にも注目したい

 

Lyra(りら)

外に出る体験の価値創出が受験に引っ張られるなどで、好きや興味を持って外の世界とつながることが難しい現状に対して、くるみさんはどのようなアプローチをしかけていきたいですか。

 

くるみ

大学生という立場でできることは、社会教育や自分の興味を見つける教育を「外から」多くの人に届けられるようにすることですかね。

ゆくゆくは学校の中で、自分の興味や好きを考える時間やきっかけ、いろんな大人と話せる機会を作っていきたいなと。

 

くるみ

学校と社会を繋げる上で、社会にいる大人との関わり方も大事だなと思っています。

「この町は、いろんな大人が支えてくれて成り立ってます!感謝しましょうね!」に留まる希薄な関わりじゃなくて、そこにいる大人と”一緒に”面白いことができるとか、その関わりを通じて学校じゃない場所に居場所ができるとか、子どもたちにとって心地のいい関わりが学校以外にできるとすごくいいなと。

 

くるみ

その中でも私は小学校教員を志望しているので、小学校教育から”外に出る体験”を作っていきたい。

どんどん外に出ていける子はもちろん行ってほしいけれど、”外に出る”以外の力にも注目したいです。自分の好きなことを好きと言えるとか、人と会話のキャッチボールができるとか。

 

くるみ

そういうものを基盤として身につけて育つと、課外活動を含めた外の世界を知った時にスッと出ていけるんだろうなと。

もちろん、教員が後押ししなきゃいけない場面もあるかもしれないですけど、出ようとするまでの主体性が育てられていれば、後押しの必要もないのではというのが私の仮説なので、踏み出せる子どもたちを育てたいなという想いです。

 

Lyra(りら)

人とつながったり、外に飛び出していく前の段階で、自分のことを人に伝えたり、伝えられる”自分”ってなんだろう?を考えることが大事なのかなと思いました。

Lyra(りら)

くるみさんは、教育を通じてどんな人生を歩んでいきたいですか。

 

くるみ

誰かの言葉にとらわれない子どもを育てる教育がしたいです。

自分のやっていることに対して、誰かから何か言われたとしても、自分に素直で居続けてほしい。

そして、子どもたちに対してそう願うからには、自分自身もそれをすごく大事にしたいと思っています。

 

くるみ

自分に嘘をつかないでいられたり、自分を大事にできる人間として、それを伝えたい。

だから、社会問題を解決したい!とかもあまりなく、ただ目の前にいる子ども達と”一緒に”より良い人生を生きられたらいいなと思います。


編集後記

教育がこうなってほしい、子どもたちにこんなふうに育ってほしい。それら教育や子どもたちに対する願いはきっと、自分自身への願いでもある。

教育者としてありたい姿を考えることは、子どもたちに対する願いを通じて自分を鑑みることなんだろう。と考えています。

作りたい教育に向かって突っ走るのも大切だけれど、そうあるためにもまずは自分自身を磨いていくことから始めてみようかな。くるみさんの話に心震わせながら、言葉を紡いだりらでした。

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ライター: lyra(りら)
編集長。香川県に移住体験中の猫好き。
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